大福寺について

ようこそ、大福寺へ

大福寺は、四国のほぼ真ん中、愛媛県四国中央市にございます。

もとは宇摩郡といいました。

古く飛鳥・奈良の昔に定められた地名で“広く豊かで美しく”との思いが込められています。

寺伝では弘安3年(西暦1280年)の創建です。

現在ではお釈迦様をご本尊にお祭りしていますが、おそらく当初はご祈願でお勤めするお薬師様をお祭りしたものと思われます。

大福寺

大福寺は臨済宗のお寺です

大福寺は聖一国師(しょういちこくし)の法脈を今に伝える
臨済宗東福寺派のお寺です。

聖一国師様といえば、中国で修行を積まれた際に、
お茶の木を日本へ持ち帰られたことで知られております。

ご出身の静岡県は、いまや日本有数のお茶の産地となりました。

また、製麺用の石臼を設計されたほか、
日本で初めて「国師号」を賜った方でもあります。

晩年眼病を患われ片目を眇めておられますが、
苦難に負けず日本に臨済の教えを広められました。

主に臨済僧によってもたらされた中国発祥の禅の文化ですが、
喫茶や入浴などの習慣・ 一期一会や玄関などの禅語、
果ては武道・茶道など“道”の精神等、
現在の日本の暮らしにも依然として大きな影響を残しています。

お作様について

  • お作様-大福寺ゆかりの女性-

    大福寺ゆかりの女性

    西条藩主松平頼致(よりよし)公が町内の八日市でご休息なされたとき、
    井戸水を差し上げた彼女の気品ある振る舞いを気に入られ側室に。

    その後、頼致公は従兄弟にあたる紀州5代藩主徳川吉宗公の
    8代将軍ご就任を受けて紀州55万石6代藩主中納言徳川左京太夫宗直(むねなおー“宗”は吉宗公からの一字です)公として大出世!

    正室を持たなかった宗直公は、お作様との間に
    直松(なおまつ―のちの紀州家7代宗将(むねのぶ)公です)君をもうけられ、
    お作はお部屋さま「永隆院」となりました。

    大福寺周辺の田地を買い求め、徳米10石を大福寺にご寄進なさいました。

    少しも高ぶることなく、家臣の下役まで気遣う温かく親しみやすいお人柄が、誰からも愛されました。

  • お作様の父上-服部幸左衛門殿-

    服部幸左衛門殿

    服部幸左衛門殿は、もと西条藩主・一柳家に仕えていた家臣でございました。一柳家が現在の兵庫県三木市へ転封となった後も、幸左衛門殿は土居にとどまり、その地に定住されました。

    そのような中で、お作様がお生まれになりました。しかしながら、親子のご縁は薄かったのか、お作様がわずか七歳のときに、幸左衛門殿はお亡くなりになりました。御命日は、八月二十四日でございます。

住職の紹介

大福寺 住職牧山です。

人間でも動物でも乗り物でも、よわいを重ねるにつれ、思うにまかせぬことが、増えてきます。逆にそこが、いとおしく思えてくるのです。

恥ずかしながら拙僧は、古い車やオートバイが大好き。旧車を大切にしているマニアの気持ちはよくわかる。「人・車ともにいつまでも」延命祈願をお受けしていますので、是非愛車とともにご来山ください(写真でもいいですよ)。いもたきツーリングは如何?

アクティブ以外に、日本の美術工芸が大好きで、博物館めぐり、
殊に正倉院展は30年来毎年通っています。仏様はもちろん鎧兜に蒔絵・金工に眼が無いのです。

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  • 美術工芸

プライベートの住職

住職

クラシックなオートバイはBMWR50、1968年生まれです。場所は岡山県北落合町の山中、樹齢八百年と言われる岩槻桜の前。午前10:00ごろ、春の日差しを受けて今を盛りと咲き誇る老桜をバックに、和尚さんとツーショット。来ていた方にシャッターをお願いすると、ご自分のカメラでもパチリ!またまた別な方もやってきてパチリ!

おふたりにとっては多分私のほうがメインなんだろうけど、なぜか気分良さげな和尚さん。「う~ん、わしは何をやっても絵になるなぁ…」って、勘違いじゃないの?それにしても現代人の10倍も長く生きてる桜の木。今まで800回も花を咲かせてみんなを楽しませてくれたんだなぁ…。桜に感謝!先人にも感謝!ご縁に感謝!いつまでも元気で春を楽しんでね。また行くよ。

住職

トライアンフタイガー100です。名前は強そうだけど、なにせ1947年生まれのご老体。ちょっとがんばるとオイルお漏らししちゃうんです。この前なんか上り坂で息切れ。ツーリングの最中でしたから、和尚さんは「止まるな、止まるな」と叫んでいましたっけ。おまけに帰りはリアスタンドのナットを落としてしまい、和尚さんは跨ったまま、降りられなくなってしまいました。

稼動するたびに何処かめげる。今回もそのまま入院とあいなりました。こんな私ですが、和尚さんは「乗っていて楽しいのは、トラちゃんが一番。壊れるところがまた可愛い」と言ってくれます。

弟子の紹介

可愛い弟子たちのご紹介をいたします。

  • ニャー山

    ニャー山

    アタシはニャー山。ハニャ丸(抱かれている子)の母です。白地にグレーと薄茶のシマシマが斑点となり、おまけに鼻孔の両側が黒ずんでいて、まるで鼻クソつけたよう。
    ダンボールに入れられてお寺の玄関に捨てられてしまいました。ブスだからかなぁ…。だけど和尚さん「おみゃーさんは顔が笑ける。お客さんにも愛想ええし」と可愛がってくれます。ネコのくせに仲間は嫌いだけど、お客さんは大好き。だから一番人気です。エッヘン!やっぱ「笑顔に勝る化粧なし」ってか!でも和尚さん「鼻クソ山」って呼ぶのはやめてな、頼むし。

  • ハニャ丸

    ハニャ丸

    平成20年4月8日、この日は快晴、少し盛りを過ぎた境内の桜の下、お釈迦様のお誕生日をお祝いする花祭りをお勤めしました。
    その後片付けの際、倒れてきた旗竿にあたり身重だったニャー山が瀕死の重傷(3、4日予断をゆるさなかった)を負い、そのショックで早産。獣医さんの懸命の介護で命拾いしたのがこの子です。当然未熟児。子猫用粉ミルク2gを6ccの水に溶き2時間ごとに哺乳びんで与え、今日は3g、今日は5gと体重が増えているのを確認すれば、ホッと胸をなでおろす日々…。
    数日後、母親のそばに置いてやると、自分からオッパイにすがりつき、まだ十分怪我の治りきってないニャー山もすかさず横になって乳をやるのを見たときは、思わずこちらも感動してウルウル・・・。
    生まれて半年、誕生からお世話になった動物病院の先生の所へ避妊に連れていくと「ごめんなさいッ、男の子でした」だって!いやはや、声もハニャハニャして可愛いし、ルックスもご覧のとおり。花柄首輪がよく似合う女の子とばかり思ってました。
    今や4キロ半超の立派な美丈夫に成長しました。やっぱり花祭りに生まれたのはお釈迦様の生まれ変わりかな?おまけに外のゴロちゃん親子に割り込んで食い物を横取りする図々しさ。なかなか見どころのあるヤツです。うちは和尚もネコもイケメンだぁ!

  • ゴロちゃん(右側)

    ゴロちゃん(右側)

    飼い主の慾目か、ついついハニャ丸にピントがあってしまいましたが、隣でくつろいでるシマシマが半ノラのゴロちゃん(メス)。まだ子どもだった平成19年の暮れ、境内に捨てられていました。
    朝の勤経の時膝の上に座り。お経の節目ごとに「ニャンニャン」と呼びかけると「ニャー」と答える律儀なヤツです。
    人もネコも生きていくのは大変です。この子も今や2児の親。しかも3匹とも同じ柄。子どもも大きくなったのでお揃いの首輪にしたところ、一瞬見分けがつかないことも。ややこしい~!ネズミにハト、果てはマムシまでゲットするつわもの親子です。
    ワン子もニャン子も、動物飼ったら去勢・避妊いたしましょう。そして無責任に捨てないで。捨てられた方が迷惑しますし、何よりこの子達が可愛そうです。
    飼い主に裏切られるかれらの心を考えてみてください。「命預かる者」と自覚しましょう。

  • カイ

    カイ

    元は、住所不定職業子犬でした。高速道路に向けて走る自動車の追っかけをしていました。真っ黒けの顔で、真ん中に寄った小さなふたつの瞳が印象的なわんこでした。狸かと思い、急停止しますと、猛スピードで駆け寄り運転席のドアに擦り寄ってきました。ドアを開けると座席に飛び乗り、しっかり抱きついてきました。
    幾度と降ろしましたが、すぐに抱きついて離れないので後部に座らせると崩れるように寝てしまい、そのまま寺に住みつきました。
    無芸大食で、大きな“う○ち”が自慢。動物病院の先生も「甲斐犬にちかいね。」とおっしゃいます。甲斐犬なら、天然記念物!ネットオークションでは40万円!絶対甲斐犬にちがいないと信じ込みたい私です。

  • チビタ

    チビタ

    チビタと申します。この長い耳で仏様やお作様の声を聞き、皆様にお伝えします。

  • メイ

    メイ

    メイと申します。仏道に帰依し、日々修行の毎日でございます。境内の草むしりが私の日々の修行でございます。

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